- 2008-01-23 (水) 22:47
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平安京遷都以降、京都の中で最も重要な出来事(事件)と言えば、応仁の乱でしょう。
歴史の授業で「人の世むなしい(1467)、応仁の乱」と語呂合わせで年号を覚えた記憶があるんじゃないでしょうか。
いきなり応仁の乱の話を持ち出しましたが、何を隠そう(あっ、別に隠していないか…)、ここ御霊神社は「応仁の乱勃発の地」なのです。
細川勝元(東軍)と山名宗全(西軍)とに分かれ、11年間にわたって争いが続き、京都の町中が焼き尽くされたと言われています。
ただ、これには異論もあるようで、考古学の観点からは、その当時(1470年代)の京都の土壌を調査したところ、焼土があまり出てこなかったという話があるのだそうです。
確かに、記録として残っている日記等だけを読むと、京都全体が焼け野原になったと考えてもいたしかたないかもしれません。
この話は、KBS京都ラジオの「京都検定なるほど研究所」という番組で、国際日本文化研究センターの井上章一教授がお話しされていたのですが、実際のところはどうなんでしょうかねぇ。
さて、御霊神社ですが、平安京が遷都された794年に、桓武天皇が平安京の守り神として早良親王の神霊をお祀りしたのが起源とされています。
平安時代では、天変地異は疫病の流行が起こると、それは不運の死を遂げた高貴な人の「たたり」であるとされ、その御霊をなぐさめるために「御霊会」という祭礼が行われました。
京都三大祭りの一つ「祇園祭」もその起源は「祇園御霊会」ですが、ここ御霊神社の祭礼が「御霊会」の発祥といわれています。
【交通案内】
京都市営地下鉄烏丸線「鞍馬口」駅下車 徒歩3分





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